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朝日新聞の記者諸君
君たちに冤罪を語る資格はない
〜2014年5月11日の恐るべき稚劣な記事について



「厚生局 動かぬ監視役」
「不正請求情報2年放置・被害拡大招く」

2014年5月11日朝日新聞の2面の五段ぬきの大きな見出しである。
インフルエンザの予防注射しかしていないのに、片頭痛などの診察をしたと装って不正請求をした医療機関があり、 2010年5月に健保組合から厚生局に通知したところ、2012年になってやっと返還の対応をとったという内容である。 そこでもう一つの見出し「2年放置」となる。健保組合から176件の不正を通知した所、2年後に厚生局は3500件確認 して医療機関に返還させたことを、「放置したための被害拡大」と、記事は書いている。

はたしてそうだろうか?
厚生局で詳細に調査したら、通報以外にも同様の不正が見つかり3500件に上ったというところではないのだろうか。 インフルエンザの予防注射は10月頃から12月か、翌年1月くらいまでに行うのが一般的なのだが、記事の通りだとすると 2012年8月に厚生局が健保組合側に「3500件の返還通知予定」と知らせたということは、前年の2010年冬、2011年冬に3324件の不正を 行ったということになる。これは不自然だと思う。過去に3500件あったということを厚生局が調査して明らかになったと いうことだろう。つまり厚生局は調査をし、不正を見つけたのだ。

この記事の文章は、NHKでかつて人気を博した「プロジェクトX」の語り口にそっくりである。記者は自分の文章に 酔っているのだ。思い込みが激しくなり、プロジェクトXがそうであったように、客観的視点が抜け落ちてしまう。その 部分を一部引用する。声に出して読んでほしい。
《「不正」は176件に上り、健保組合側は10年5月、中国四国厚生局に通知して対応を求めた。
厚生局は動かなかった。》

プロジェクトXの田口トモロヲがよみがえるだろう。まだ、「全世界に打電された」と書かなかったのは、記者に良識が 少し残っていたのかも。

「指導 医師会側が同席」
個別指導の際に立会人がいることも、この記事を書いた記者たちは不満を持っているようだ。 健康保険法や厚労省局長通知で制度化されていると、書いておきながら、
《調査に「身内」の医師が介在すれば》と書いている。記事では同一視しているが「調査」と「個別 指導」は違うということを指摘しておきたい。医師会や歯科医師会などの医師が立ち会うのは「個別指導」である。立会人がいてさえも、個別指導を受け精神的に追い詰められた 医師や歯科医師が自殺するという事例も見られるのだ。個別指導にはそういう面もあるということを知らなくてはならない。指導する側は複数で、指導を受ける側は一人なのだから。

記者は書く。指導医療官が
《請求の問題を指摘した際「なぜそれが問題なんだ」と(立会人に)責められることがよくあった》 のだそうだ。私もこの記者にいう。「なぜ問題なんだ」。
だいたい、指導官側が正しいとは限らない。立会人がいない指導は恫喝になりやすい。気が弱い医師、歯科医師なら指導官の言いなりになる。 それは、足利事件でも明らかだろう。明らかに菅谷さんが犯人ではなかったのに、犯人にされてしまった経緯を朝日新聞の記者は良く 知っているだろう。

2面の記事はさらに
《「こんなに積み残し」あきれる県》という、指導対象者が積み残しされていること を問題視しているが、これについては、同日の1面の記事と関連があるので以下で指摘する。

「厚労省、調査半数見逃し」
「診療報酬不適切請求の疑い」

このセンセーショナルな見出しが同日の1面に載っている。二人記者の署名がある記事である。(記者名は当日の紙面に掲載されているが ここでは伏せる)
一部を引用する。(改行は筆者)
《厚生局を通じて
@不正請求の情報がある
A前年に指導したが、改善が認められない
B患者一人あたりの診療報酬請求書が高額で過剰診療の可能性がある――
などの基準をもとに不適切な請求をした疑いのある医療機関を抽出。作業が膨大になるため、疑いが高い順に全体の4%にあたる約8000医療機関を 毎年、調査対象に選んでいる》

とある。続けて、これら調査対象の半数が調査を受けておらず、その理由として厚労省の担当者に「人手が足りない中で目標に近づくよう努力は している」と言わせて、
《経済産業省出身で行政改革に詳しい古賀茂明氏は「厚生局と医師会の関係は密接だ。根本的な問題は人手不足よりも医師に配慮した行政指導に ある。医師ではなく国民のために働く自覚を持たなければ厚生局の存在意義は無い」》
と、いわゆる「有識者」に反論させている。
二人の記者は自分の言葉ではなく、行政改革に詳しいかもしれないが、医療機関の『個別指導』問題に詳しいかどうかわからない経済産業省出身の古賀氏に的外れな結論めいた意見を言わせて一面の記事を締めくくっている。

この二人の記者に言いたい。
あなた方は個別指導について何も知らない。もう一度、良く調べて書き直しなさい、と。
Bは高点数個別指導のことだと思うが、指導大綱では記事のBの文章のように「過剰診療の可能性がある」とはしていない。この部分は捏造と言っ ても過言ではない。単に平均点数の1.2倍を超えた医療機関が集団的個別指導を受け、2年後に平均点がやはり高いままであったら個別指導になる、 ということである。Bの目的は、保険診療を低く抑えることに他ならない。そしてこれは毎年行われる。しかし、高点数は過剰診療ではなく、専門 に行う診療内容によるのだ。不公平感が強いため、今年度から12区分に細分化され、複雑な様相を呈してきている。こんなことはやめにして、個別 指導の有効性を高めるためにも不正請求に的を絞って指導すべきであるのだ。記者たちはそのことを追及しなくてはいけなかったのに。

2面の関連記事は前記二人のほかにもう一人の署名があったので、三人の記者に以下の指摘をしたい。
朝日新聞の「KY事件」を知っているだろうか。沖縄のサンゴ礁に自分で「KY」と落書きして、その落書きを批判する記事を書いた1989年の捏造事件である。このときの朝日新聞社に勤務しているカメラマン・記者たちはどんな思いだったのだろうか。自分たちも捏造しているのではないかと いう目で見られて、嫌な思いをされたに違いない。この事件で朝日新聞の購読をやめた人も知っているが、そんなカメラマンばかりでなくまともな 人もいるだろうと考えて、多くの読者は購読を続けたのである。そう、過ちを犯す人もいれば、正しい人もいるのである。保険医療機関の指定を取消されて当然な、してもいない保険診療をしたことにしてしまう悪徳医療機関があるのは、マスコミに捏造記者がいるのと同じなのだ。

繰り返すが、個別指導の際、医師会など関係団体の医師が同席するのは問題ではない。厚生局の元指導医療官に、指導した時のことを振り返って 「立会人が医療機関の弁護人のようだった」と述べさせているが、弁護人のいない指導が行き過ぎない保証はない。「なぜこれが問題なんだ」と立会人が言うのは、インフルエンザ予防注射に別の病名を捏造した問題ではないことは明らかだ。保険診療ルールの上での解釈が調査官と診療側で異なっ たときのやりとりであるに決まっている。こういう個別指導の際、一対一で指導を受けるのではない。数人に囲まれて指導を受けるので、反論する必 要のある場合は反論してくれるやはり冷静な立会人が必要であることは、新聞記者であるなら百も承知のはずである。指導医療官は責める側なのであ る。追及する立場である指導官が、その根拠があいまいであることを指摘されて、たじたじとなることは悪いことなのだろうか。追及する側は常に正 しいのか。そんなことはありえないので、立会人が必要なのである。冤罪は起こしてはならないのだから。
2面の記事では、厚労省に「専門的見地から助言をもらうため」立会人が必要であると、やや的外れなことを言わせ、以下の文章で締めくくっている。
《厚生局の指導医療官は医師や歯科医師の資格を持つ専門家だ。関東学院法学部の出石稔教授(行政法)は「利益団体の医師会の立会を認める制度は おかしい。厚労省も医療者側も古い規定に安住している」と指摘する。》
指導医療官は、指導の専門家であっても、あらゆる疾患の専門家ではない。個別指導に詳しいわけでもない『専門家』に、1面と同じようにやはり見当 違いな結論を言わせて、自分たちの記事に『権威』をつけて『正当性』の担保にしているのだ。これは取材が不十分であることを自ら認めているのと同 じである。物事を伝えるときに、反対側からばかりでなく四方八方から物を見なければ、事実を誤ることになる。足利事件や袴田事件などの冤罪事件を、 事件発生当時どう伝えたか、自社の報道を振り返れば明らかだろう。(文責・栃木県保険医協会 戸村光宏)

2014年5月20日(火)
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