福島県立大野病院産婦人科医逮捕事件について「検察は不当起訴を取り下げるべきである」 |
栃木県保険医協会理事会 |
平成16年12月17日に前置胎盤のために帝王切開で出産した妊婦が、術中に子宮摘出を要するほどの癒着胎盤を合併していることが判明し、その処置中に出血性ショックにより死亡した不幸な出来事があった。 その1年3ヵ月後、平成18年2月18日、大野病院の産婦人科勤務医が逮捕、3月10日に起訴された。逮捕理由は、医師法21条違反(異状死の届け出義務違反)である。 なお、同医師は逮捕後、逃亡の恐れありとして勾留までされた。 前記の妊婦の死亡は『異状死』であると警察・検察は判断したのであるが、この『異状死』については、警察庁自身でさえ「届出を行うべきか否かは、個別に判断される事項であり、なかなか難しいもの」 (平成18年3月16日西島英利参議院議員の質問に対する政府参考人縄田修氏の答弁)と公式に発言している。 このような問題のある『異状死』の届出がなされなかったとして、届出の必要がないと判断した大野病院・院長ではなく、それに従った産婦人科医が逮捕・勾留された。 全く常軌を逸した当局の暴挙であると言わざるをえない。 さらに、もう一つの逮捕理由が業務上過失致死罪である。警察が同罪と判断した根拠は、平成17年3月22日に福島県に提出された「県立大野病院医療事故調査委員会」の報告書によるものである。 しかし、この報告書の目的は『公式』には「この事例を検証し、今後の前置胎盤・癒着胎盤症例の帝王切開手術における事故防止対策を検討すること」(同書より)である。これは、報告書の「目的」の項に 明確に記されている。 公式の目的は事故防止対策の検討であり、刑事罰を科する目的でなされたものではない。 報告書によると、術前診断において「帝王切開は妥当」とし、大野病院で手術を行ったことも「やむを得ないと思われる」としている。また、手術中も「胎児娩出までは問題なし」と記載されている。胎盤剥離 について、用手的に剥離困難な時点で癒着胎盤と考え「子宮摘出に直ちに進むべきであった」ともある。 「子宮摘出術式に問題はなかった」しかし、「大量出血した時点、子宮摘出を判断した時点において家族に対する説明がなされていなかった」と指摘し、「家族に対する配慮が欠けていたと言わざるを得ない」 と総合判断している。 つまり、報告書では、調査項目と検討内容の「術前診断」「手術中」の項、調査結果の「総合判断」の項を見るかぎり、結果として準備血液が不足していた点(下線は協会)、子宮摘出を判断した時期が遅かった点、 手術中に待機している家族への配慮が欠如していた点を指摘している。 この内容の報告書で、医師は逮捕されたのである。 もちろん、この報告書は、先にも触れたように医療事故を防止する目的で、医療側にどのような問題があったのかを指摘し、改善を図るのが趣旨である。そのためには、医療者は、自己の不利益になろうとも、真摯 に事故と向き合い、この事故調査委員会に協力したのである。 それが、警察の捜査を招き、逮捕・勾留そして起訴され、現在刑事裁判の渦中に放り出されたのだ。 この裁判が続くかぎり、今後も同様の事故調査委員会は開かれるであろうが、その際、事故の再発を防ぎえる情報が関係者からきちんと得られるかどうか、疑問である。 また、この報告書の不備な点にも触れておきたい。 「事故の要因」の項は、項目の羅列に過ぎない。 特に(1)は疑問のある項目である。「手術中」の項では、クーパーを使用する前に子宮摘出に進むべきであったとしか記述されていない。無理な剥離との直接的記載はない。 また今後の対策として、「癒着胎盤を常に念頭に起き十分な術前診断が求められる」「複数の産婦人科医師による対応が必要」と記されている。同じ報告書の術前診断の項に、産科医が一人しかいない 「大野病院で手術を行うことをやむを得ない」とも書かれている。 医療行為に関連した死亡事故には、再発を防ぐという観点から特に原因究明が不可欠である。そのためには中立的に原因究明を行う組織が必要である。このことについて関連団体はもちろん、政府行政などが、医療事故、 死因究明の体制作りに向かってさまざまな努力がなされている。平成18年3月22日の参議院厚生労働委員会でも、小池晃参議院議員の質問に政府参考人松谷有希雄氏が「(医療)事故の発生防止、再発防止といった観点から も」必要であるとし、異状死の届出についても「課題の整理を行っているところ」であると答えている。異状死の届出がなされて司法解剖となると、その結果は事故調査委員会にも知らせられず、早期の事故防止対策になんら 役に立たないからである。 栃木県保険医協会としては、この事件のこれまでの事故調査委員会の報告書、その後の経過、裁判内容等を検討して、検察の起訴は不当であると判断した。 検察は本件の起訴を取り下げるべきである。 戻る |