LESSON10

コラム「きこえた」

 「きこえた」聴覚障害者のY君は5歳の小さな手を素早く動かし言ってきた。 Y君に聞こえたのは、虫歯を削る音。正確には、切削の振動が頭蓋骨に響いて直接内耳に 到達する音(骨導)であった。私はY君の嬉しそうな表情を見て、ぐっとくるものを感じた。 この子にもっと聞かせたい。

 我々の周りにはきれいな音がたくさんある。風の音・海の音・鳥のさえずり・雨の音・ 楽器の音色・遊んでいる子供たちの声。そして、温かなお母さんの声。それらがY君に聞こえたなら、 もっと大きな感動を得るであろう…。どうすればいいのだろう? 何は方法は?

 そんなことをぼんやりと考えていると、私は障害者を受け入れていないのではないかという 疑問がわいてきた。今までたくさんのろう者に会ってきて、皆とてもいきいき輝いていた。 悩んでいる人も、健聴者に反発する人もいた。彼らに「世の中にはきれいな音がたくさん あるんだよ」と言うことはナンセンスである。健常者を基準にして障害者をそこに近づけようと してはいないか。障害は個性とは上手い捉え方だ。障害受容に個性をどう絡めていこうか…。

 ふと我に返ると目の前ではY君がうれしそうに指文字で話し掛けていた。あまりに早い 指文字で私は頭の中がぼーっとしてしまったようだ。

 (わかった きょうはおしまい)


 私のゆっくり表す指文字を見てか、切削音が聞こえたからか、Y君は機嫌良く帰って行った。






「明日もう一度来てください」
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