診察室で役立つ手話30
LESSON30

難聴のおばあちゃん

私が往診に伺っている方に寝たきりの難聴のおばあちゃんがいます。ご自身の歯は無く、上顎の義歯だけ使用しています。ご家族は下顎の義歯も 使えるようになれば食べられる品目が増えると依頼してきました。以前は聞こえていたのですが徐々に耳の聞こえが悪くなり、現在はほとんど聞こえ ていません。

おばあちゃんとのコミュニケーションはご自身からは発声で、こちらからは筆談です。あらかじめ診療に必要な文章を「こんにちは、歯医者の きみしまです」から「さようなら、また来週来ます」まで画用紙にマジックで大きく書いておき、毎回使い回ししています。結構これで充分なやり 取りができていて、診療には差し支えはありません。例えば、「水で口をゆすいでください」の紙を示すと、おばあちゃんは文章を読み、うがいを します。

また、おばあちゃんはおしゃべりが大好きで思いつくことを色々話してくれます。「私は週2回お風呂に連れてってもらうんだ」と聞くと、私は すぐに「お風呂がお好きなんですね」と答えたいけれど、画用紙に書く時間と読んでもらう時間はタイムラグがります。視力が機能し、文章の読解力 が維持されているので、時間はかかりますがコミュニケーションが成り立ちます。私もおばあちゃんと気持ちが通じ合えることは何よりの喜びです。

割合で考えると、先天的な聴覚障害者より途中から聴力が低下した人の方が多数を占めます。このおばあちゃんのように、聴覚障害者に対して の福祉を受けていなくても、実際に聞こえに問題のある高齢者はたくさんいるでしょう。

おばあちゃんは日中ショートステイを利用しますが、そこでの一緒になる同年代の人と会話ができないと愚痴をこぼします。介護している人も、 食事介助の際は黙っているよりも「おいしいですか?」と会話しながらの方が楽しくなると思います。けれども高齢になってから聴力が低下した場合、 手話など他のコミュニケーション手段を取得するのは大変なことですので、介護者からの一方通行の会話をしながら、または、黙っての介護になりが ちです。

また、高齢に伴った失聴は誰にでも起こり得るといえます。高齢者の残存機能を把握しコミュニケーションを取ることは、人それぞれ異なり細やかな 対応を要求されることになります。そういった観点で接すると高齢者であっても多くの可能性を残存していることがわかります。

先ほどのおばあちゃんも日中テレビがベッドサイドにつけたままになっていますが聞こえてはいません。おばあちゃんは観察力が鋭く、「水戸 黄門のひげの形がこの前と変わった」などと報告するそうです。そして抜群の記憶力で、うちのスタッフの顔を見て「あんたは最初に来た子だね」 と言い当てます。一つの感覚器の機能が低下すると、他の感覚が長けてくるというのは本当なのだと関心するばかりです。







ワンポイントレッスン
「インフルエンザは高熱が特徴です」の手話表現
風邪流行
@「風邪」・・・インフルエンザを「風邪」+「流行」の2つの手話を組み合わせて表現する。「風邪」は咳の身振り(拳を口にあてて咳き込む仕草)。 A「流行」・・・手の甲を上にした両手を胸の前に置き、指先を左右に開きながら末広がりで前方に出す(どんどん広がっていく様子)。

熱がある性質
B「熱がある」・・・右手の人差し指を左手の掌の中央にあてて上にあげる(寒暖計の水銀柱が上がる状態)。一度、右手人差し指を脇に挟むと、体温の意味が強まる。
C「性質」・・・右手人差し指を左手の甲に強くあてて指先を上に跳ね上げる。「特別」の手話表現と組み合わせて「特徴」とする場合もある。



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