LESSON35

聞こえないってどんな世界?(最終回)

20年前の私が高校生の時の話です。文化祭で聾学校の生徒を案内する係を務めました。

事前に担任に呼ばれ、何の説明も無く指文字表を渡されました。そして文化祭当日、同じ係であった友人の一人が「こんにちは、私は〇〇といいます」と指文字で自己紹介したのでした。彼は指文字を完全に覚えてきており、指文字表を片手に出迎えた私とは雲泥の差でした。それを悔しいと思えたなら、もっと早く手話学習を開始していたのかもしれません。

あの時の私は「聞こえないってどんな世界なんだろう」と思い巡らすことはありませんでした。 それが今では、この連載を通して何度も考えさせられました。聞こえない=私たち聞こえる者から耳からの情報を取り除いた状態ということであれば、自分のペースで普段の生活するには特に不便は感じないかも知れません。

では、聴覚障害者の車の運転を皆さんはどう思われますか?私もはじめは「聴覚障害者も免許が取れるんだ」と驚きがありました。今ではろう者の車に乗せてもらう機会も多くあります。皆さん私より運転が上手く、全く怖いとは思いません。ろう者は耳からの情報を目からの情報で補う術を持っています。

道路交通法では『聴力(第一種免許及び仮免許に係る適性試験にあっては、補聴器により補われた聴力を含む)が10メートルの距離で、90ホンの警音器の音が聞こえるものであること。』とされています。つまり、警報音等が聞こえることが安全運転の必要条件とされています。例えば、カーナビやカーステレオでボリュームを大きくしていると、私たち聞こえる者は緊急車両の接近に気づかないケースはあります。このこととろう者が運転することは違うのです。

今の社会が聞こえることを前提としているから、聞こえない人がそれに合わせる必要がありそこに不便があります。聞こえないから法律で規制するのではなく、他の方法で情報提供して補う発想の転換が必要です。車に乗れば行動範囲が広がり、多くのろう者が自らの選択肢を持ち世界が広がっています。

改めて、「聞こえないってどんな世界」なのでしょうか? 私たちの場面に当てはめると、聞こえない人たちと医療現場の間には溝があるようです。その溝を埋めるためには、私たちの耳学問に勝ると劣らない医療情報の保障とコミュニケーションの保障だと思います。聴覚と同じ量の視覚情報を増やせば解決の第一歩であることも学びました。差別法規撤廃の結果、聴覚障害のある医療従事者もどんどん誕生してきています。これからの医療現場は情報保障の整備をせざるをえなくなることでしょう。そして、私たちは聞こえる・聞こえないに関わらず患者と良い関係を保つべきです。

主に聴覚障害者への配慮を書き綴りましたが、他の障害のある患者や高齢者への配慮にも共通部分が多くあり、この連載をきっかけに読者の先生方にご一考いただければ幸いです。ご愛読いただきありがとうございました。






ワンポイントレッスン
「手話ができます。ご安心ください。」の手話表現
手話できる
@「手話」・・・両手の人差し指を
横に伸ばし、互い違いに前方に
回転させる。手話表現の手指の
動きを表している。

A「できる」・・・右手の指先を左胸
にあて、弧を描いて右胸にもってく
る。任せておけ、と掌で胸をたたく
仕草。

安心お願い
B「安心」・・・両手を胸にあて、力
を抜きながら下におろす。胸につ
かえていたものがすっと下りる状
態。
C「お願い」・・・左に掌を向けた
右手を顔の前に立て、前方に出
しながら頭を軽く下げる。


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