薬物乱用防止教室

正しい知識を持って楽しい学生生活を



 主に中学生を対象に、薬物乱用の危険性を知ってもらうため、宇都宮中央ライオンズクラブが 主催する「薬物乱用防止教室」が昨年から行われています。栃木県保険医協会の会員の渡邊武夫先生 (宇都宮市・渡辺歯科医院院長)が講師を務め、「薬物乱用はダメ。ゼッタイ」のテーマで、これまで 宇都宮市内の10校(小学校も含む)、約4000人の生徒に講演を行いました。


●一人の社会人として薬物乱用の危険性を訴える

生徒に語りかける渡邊武夫先生

 渡邊先生は、栃木県薬物乱用防止指導員、またライオンズクラブ国際協会と財団法人麻薬・覚せい剤 乱用防止センターの認定を受けた薬物乱用防止教室講師として青少年健全育成活動の一貫としての薬物乱用 防止教室に取り組んでいます。

 渡邊先生は学校歯科医として、地域の学校健診を行っています。また宇都宮拘置所の嘱託医として、 拘禁者の治療も行いました。その際、薬物を長期にわたって乱用していた拘禁者の口の中が、歯が抜けて ボロボロになっているのを何度も目にしました。これから将来を担う子供たちに、薬物乱用の危険性を訴えたいと 思うようになったのが、この活動を始めるきっかけの一つでした。

 渡邊先生は、一人の社会人として子供たちに教えるという考え方を持ち、講演活動を行っています。渡邊先生自身が 歯科医師であり、薬物に対しては専門の分野です。しかし、医師・歯科医師・薬剤師などの専門的な立場である以前に、 社会人の立場で、地域の大人が将来の大事な人材となる子供たちを教育したいという思いで活動しています。

 ライオンズクラブの講演以外にも、薬物乱用の危険性を訴える講習会があります。警察・薬務課・教育委員会などが それぞれ独自に専門的な内容の講習会を実施しています。しかし、それぞれの組織内での人手不足の問題があり、多くの 学校が講習会をやりたくても、なかなか実施できない状態でした。

 渡邊先生は5年前、国の後援する「薬物乱用防止教育認定講習会」を受け、講師の資格を得ました。しかし、 実際に講演会を実施するためには、学校との太いパイプが必要とされることを知りました。一方、渡邊先生が 学校歯科医をしている宇都宮市内のある中学校では、薬物乱用防止の講習会を検討していました。そこで、知り合いの 教師からの依頼を受け、最初の薬物乱用防止教室が実現しました。その後、他の小中学校からも、薬物乱用防止教室を 開いてほしいとの依頼が、次々に入るようになりました。


●薬物は心も体もズタズタに

熱心に耳を傾ける生徒たち

 講演では、初めに薬物乱用とは何かについて説明します。違法薬物を、たった1回でも使用すると薬物乱用と なってしまいます。また、使用を許可された薬物でも、許可本来の目的使用法に違反した使用をすると薬物乱用になります。

 「意思が強ければ薬物乱用をしても、止められるから大丈夫」と思っても、依存性の強い薬物(全ての違法薬物)は 人間の脳に化学変化を起こすので、1回でも使用すると薬物に対する欲望(渇望)が脳に書き込まれてしまい、止められなく なってしまいます。

 中学生の時期は、社会の一員として自己を確立するために、体を鍛えたり知識を深めたりと、人生を有意義に暮らすための 準備をする大切な期間です。また、脳の発達にも重要な時期で、この時期に薬物を使用すると、20歳位まで発達し続ける脳神経 ネットワークが十分に形成されないなど、脳の成長に障害が出てしまいます。そのため、中学生の時期に薬物を使用することは、 非常に危険なことであるという認識が必要になります。

 「薬」と「薬物乱用」の違いについては、「薬」は病気を治すため、体に有用な働きをするものです。副作用もあるため医師、 歯科医師、薬剤師が処方しなければなりません。一方、「薬物乱用」は医薬品を本来の医療目的から逸脱した用法・用量・目的の もとに使用すること、あるいは医療目的にない薬物を使用することです。

 講演の前には、生徒に事前アンケートを行っています。どの学校でも10%程度の生徒が、「法律に触れなければ薬物は良い」 「薬物は悪いとは思わない」「誘われたら使ってみようかな」と回答しています。高校や大学に進学するに連れて、いろいろな誘惑が 出てきます。薬物に対する正しい知識がなければ、自分の身を守ることはできません。


●薬物乱用が人体に与える影響は一目瞭然!

 違法薬物は大きく3種類に分けられます。覚せい剤やコカインなど脳を興奮させるもの、アヘン・ヘロイン・トルエンなどの 有機溶剤・向精神薬など脳を静めるもの、大麻・マリファナ・LSD・違法ドラッグなど幻覚や幻聴を引き起こすものがあります。 なかには、MDMAのように興奮と幻覚の両方に作用するものもあります。

 薬物を乱用すると、口の中もボロボロになってしまいます。中学生から32歳までシンナーなどの薬物を乱用し、 刑務所を出所後に渡邊先生が治療した患者の口腔内の写真を見ると、歯が抜け落ちボロボロの状態になっています。 薬物乱用が人体に与える影響が一目で分かります(写真)。

写真:渡邊武夫先生提供(上段左は正常な口の中)

 現在では、テレビや新聞などメディアを通して、芸能人が薬物を乱用して逮捕されたり、大学生が大麻を自宅で栽培していたなど、 さまざまな報道が飛び交います。中学生は、これらの報道により、予想以上に薬物に対する知識・認識を持っています。そして、 これから中学生に必要とされるのは、薬物乱用を誘われても断る勇気です。薬物乱用は、心も体もズタズタになってしまい、人格を 破壊してしまいます。「1回だけなら」という甘い誘いに惑わされない強い意志を持たなければなりません。また、危険な場所や場面に 近づかないこと、危険を感じたら立ち去ること、誘われてもキッパリ断り、逃げる勇気が大切です。

 これまでの講演で、渡邊先生のもとには、生徒たちからたくさんの感想が寄せられています。「改めて薬物の怖さを知りました。 薬物を断る勇気を持つことの大切さが分かりました」「最初はあまり自分に関係がないものと思っていたけれど、とても身近にあって 危険ということが分かりました」「これから将来、薬を使うことを勧められても、絶対に使わないことを誓います」「先生から聞いた ことを、守り生かしていきたい」など、これまでの渡邊先生の活動を通して、多くの生徒が熱心に耳を傾け、薬物乱用の危険性や、 薬物の種類や特性などの正しい知識、また薬物を絶対に使ってはいけないという正しい認識を持ってくれました。

 しかし、講演を聴いた後でも、「法に触れなければ良い」「薬物乱用を悪いとは思わない」と考える生徒が、まったくゼロには なりません。どの学校で講演しても、薬物乱用の危険性が認識できない生徒が、ごく僅かですが残ってしまいます。このような生徒が ゼロになってくれることを目指して、渡邊先生の活動はこれからも続きます。(文・編集部)

栃木保険医新聞2010年10月号掲載