南イタリア・シチリア島の旅

大根田紳(宇都宮市)



2011年12月28日。午後2時30分。 成田空港を離陸したアリタリアーイタリア航空機は、夕刻7時にローマ空港着。プレーンを乗り継ぎナポリへ。約2時間半の待ち合わせの後、約1時間でナポリ着。 空港からバスでホテル到着が夜の11時半になった。

それでも翌29日、バスは朝7時40分には出発した。ナポリ歴史地区車窓観光と名付けるのにざっと30分だった。ナポリから30キロ南に位置するカプリ島へ高速船で。

島の名所の「青の洞窟」には、小船で四人ずつ乗り、船頭の手漕ぎで入って行く。入口を入るには、頭を低くするが、洞窟内は案外広く、光の屈折で神秘的な青色になり、 感動的な空間を・・・。よく見られないことも多いそうだが、私たち一同はラッキーだった。高速船でナポリに戻り、バスで午後2時15分から約1時間でボンベイへ。その遺跡観光 である。紀元前8世紀に建設された商業都市が、ヴェスヴィオス山の爆発によって、一瞬のうちに灰の中に埋もれてしまう。まさに奇跡としか言いようがない。

3日目の12月30日、サレルノのホテルからアマルフィ海岸ドライブ約30分。この海岸線は、緑が海の間近まで迫る景勝地であった。岩山をくり抜いた洞窟住宅群が残る町マテ ーラ。1700年に建てられた、トンガリ屋根に白い壁のアルベロベッロに夕刻到着。

4日目は愈12月31日、アルベロ散策の後、フェリーでシチリア島へ。メッシーナ到着後、バスでタオルミーナへ。ホテルでは、午後8時から盛大な晩餐会。会は12時までオーケイ であったが、11時で切り上げた。五日目は年明けて1月1日。タオルミーナ観光である。エトナ山を望むギリシヤ劇場、断崖の上のカステッロ(タオルミーナ域)から広がる大パノラマ。 それからチェファルーを経て、パレルモに泊る。ここは、紀元前8世紀からフェニキア人によって開港されたところで、「良港」の意味がある。



翌1月2日はパレルモ観光、ノルマン王宮。

カテドラール(12世紀にシチリア、ノルマン儀式で建設された)…。その後、アグリジェントへ。南西部の丘陵にある町で、ギリシヤの植民地として、紀元前6〜5五世紀に栄え、 当時築かれた神殿が20あまり立ち並ぶ「神殿の谷」は圧巻である。原型をほゝ完全に残したコンコルディア神殿などが、過去の栄華を伝えている。こうした遺跡は、太古のままに保存 されることになっているので、道路は凸凹で岩石がごろごろしていて、歩きにくかった。そのせいか、恥晒しにも、樹木の地面から少し出ている根に躓き、岩の間の凹みに片足を入れ て転倒してしまった。幸いにも手をついて岩を抱きかゝえるようになり、掠り傷程度ですんでよかった。それを見た添乗員の中年の女性―私たちと一緒に歩いていたのだった―が、思 わず吹き出したのだった。統括の任に当たるものとして、慰労の念は大事だと思うが、この際は止むを得ないことか。

その夕方、パレルモに引き返し、ホテル泊で翌1月3日、パレルモからローマへ。

航空機を乗り継いで、帰国の途についたのである。1月4日、午前6時45分成田空港着。年末と年始のほんのちょっとの間―一週間余だったが、温暖なところで過ごせたことは、ハッピ ーであったと思える。

成田では零下2〜4度の冷気に当てられたのである。その日の午前11時半帰宅した。

栃木保険医新聞2012年9月号