小泉総理の9.11ショック

塩谷町・戸村光宏



9月11日の総選挙は、自民党が大幅に議席を伸ばしました。自民党でも予想外のことだったようで、比例区では届けた候補者以上の当選者が出て一議席をフイにするほどでした。

この勝利は自民『党』の勝利ではなく、小泉総理の勝利です。選挙演説で総理は「自民党の党員よりも一般国民の数の方が圧倒的に多い。一般国民の意見が聞きたいので解散した」と述べて、 特定郵便局に関わる党員よりも一般有権者の意向を重視した政策を行うことを明らかにしました。このことは、かなり有権者の心をひきつけたものと思われます。

一方野党、特に民主党は「小泉内閣は国民の為に何も実行してきていない」と主張して『政権交代』を求めましたが、その民主党自身の政策は信頼に足るものと国民に判断されませんでした。 それは、自民党総裁が「自民党の党員のための政治はやらない」と街頭で叫び、その模様がニュースとして放映されたのに対して、岡田代表は『政策』を示しても、連合その他のしがらみから抜け 出そうという姿勢を見せられなかったことが、有権者の信頼を得られなかった大きな要因であったかも知れません。

小泉総理の演説は『選挙のための演説』ではなく本気だったのです。そのことは、9月20日に行われた自民党の新人議員の研修会での小泉総理の話でわかります。研修会では『支持団体に縛られ ない政治活動』を訴え『無党派層は宝の山』と表現し、どの党にも所属していない有権者からの支持の重要性を強調しているからです。

また岡田民主党は「小泉総理は今まで何もしてこなかったではないか」と主張したのですが、これも少し逆効果だったと思います。小泉総理は目に見え、わかりやすい行動をとってきました。

『北朝鮮へ二回も行った』

限定的ではありますが『拉致された人を帰国させた』

貴乃花が優勝したときに『優勝杯を自ら渡した』

公明党や一部の自民党議員の懸念をよそに『靖国神社を参拝した』

自民党の反対を押し切って『郵政民営化法案を国会へ提出した』

参議院で否決されるや、またも自民党の大反対を押し切って『衆議院を解散した』

『反対派の議員に対立候補を立てた』

少し考えただけでも、このくらいは誰の頭にも浮かびます。

小泉総理は、最近の総理と比べて、派閥の領袖でない分、かなり身軽でもあり、周囲への気配りを持たない総理ではあります。この周囲は自民党自身も指しますし、出身派閥の森元総理も含みます。 もちろん、自民党の支持団体も含みます。こういうことから、国民からは「権力に屈しない」と見られているのだと思われます。

民主党は小泉総理が何を行って、何を行わなかったかを国民に伝える努力を充分に行ったようには見えませんでした。冷静に見ると、(きちんとした戦略があったかどうかわかりませんが) 北朝鮮へ行ったことと、郵政民営化へ向かって衆議院を解散させたこと位しか実行していません。小泉総理に言わせると、出来なかった部分は自民党の中にある抵抗勢力のせいだと言うことになります。 例えば、内閣府の総合規制改革会議で諮問した混合診療が実現しなかったのは『厚生族』議員の抵抗というわけです。

今回ほどやりにくい選挙は野党にとって無かったかもしれません。『自民党の抵抗勢力と対立する小泉総理』と野党は闘うのですから。

典型的な例を静岡県に見ることができます。財務省主計局の現役だった片山さつき氏が小泉自民党から『自民党内の抵抗勢力』に対する『刺客』として立候補して当選しました。そのときのテレビでのインタビューにこう答えました。 「今まで(官僚として)なかなか実行出来なかった政策が、これでスピードアップして出来るようになります」

そうです。片山さつき議員の言う通り、次々と『改革』は実行されるでしょう。片山氏自身も、防衛庁と予算削減を巡ってさんざん苦労し、政治家の抵抗を受けると官僚の思うようにいかないということを 身をもって知ったはずだからです。その官僚が、小泉総理の子飼いの政治家になったのです。

政治家の質は今回の選挙で確実に下がりました。本来当選するはずのなかった候補者まで当選したからです。従って、官僚の作成する政策はそのまま法案となり、国会の審議はいい加減なものになり、 きちんとしたチェックを受けずに実行に移されることになるのです。

さて、保険診療を含めた社会保障の議論は、この選挙で話題にもなりませんでした。医師、歯科医師連盟はこの選挙に何を期待してどの党や候補者を支援したのでしょうか。  中医協は、腫瘍マーカーや制限された診療回数を混合診療として認め、尾辻厚労省大臣に答申しました。そして、この十月から実施されるのです。この答申は8月31日に出されました。投票日の実に11日前です。 この時期に医師会が大々的に反対を表明している混合診療がさらに拡大されたのです。自民党を支持する医師連盟は『完全に無視された』と言って良いでしょう。この分では来年の保険診療改訂では、診療報酬は びっくりするほど縮小されることは間違いありません。

一方、患者の自己負担も確実に増加するはずです。診療報酬は減少しても『患者負担は増加する』ということは患者から見ると医療費値上げということになります。その非難の矛先は、巧みに医療機関に向けられるでしょう。 非難する材料はその時期に集中してマスコミに提供されるでしょうから。

今回の9.11ショックは、間もなく世界に誇る国民皆保険制度を根本から崩れ落ちさせるに違いありません。世界に誇ったニューヨークの世界貿易センタービルが崩壊したように。 そして、犠牲者の数も計り知れないほど多く出るに違いありません。 それが、今回有権者が選択した道なのだということを私たち医療関係者は知っておくべきでしょう。今後の対策のために。

栃木保険医新聞2005年9月号・寄稿